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広島地方裁判所 昭和48年(ワ)631号 判決

原告

藤井徳市

右訴訟代理人

中村節治

被告

広島県

右代表者知事

宮澤弘

右指定代理人

大本和敏

外三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二残地補償契約に基づく請求について検討する。

請求原因3(一)の事実については、右事実にそうかの如き〈証拠〉部分は〈証拠〉に照らしてたやすく措信できないし、他に右事実を認めるに足りる適確な証拠はなく、却つて〈証拠〉によれば次のとおり認められ、〈る。〉

被告は本件県道改築工事を施工するに当り、沿線私有地を任意買収することとなつたが、もと原告所有の本件三筆の土地の一部もその対象となつた。右土地は、原告が所有していたが、有限会社太田川燃料がこれを賃借し、そこに建物などの諸施設を設けて給油所を営んでいた。右訴外会社は原告の子である藤井富士三がその代表取締役に就任していたが、その実質上の経営は原告の孫である藤井真二が取り仕切つていた。

原告と被告との間における任意買収の折衝は主として藤井真二が原告を代理してこれに当つたが、折にふれ藤井富士三が原告を代理してそれに当ることもあつた。

被告は評点式評価法によつて本件買収土地の価額を六五四万二五三九円と評価し、昭和四七年一月六日右土地の所有者である原告と売買代金を六五四万二五三九円とする売買契約を締結し、ついで同四八年七月二七日本件土地上で給油所を営んでいた前記有限会社太田川燃料との間で概要次のとおりの物件移転補償契約を締結した。すなわち、訴外会社は本件土地上に所有する建物を本件県道改築工事の支障とならないよう移転する。被告は訴外会社に対し補償金として三四三〇万二五〇〇円を支払う。右補償契約にはその他附帯事項も定められたが、骨子は以上のようなものであつた。

右のとおり売買契約及び補償契約を締結するに当り、被告としては、訴外会社が給油所の諸施設を本件土地以外の場所へ移転するいわゆる全面移転をすることを念頭においてその方針のもとに交渉に当つてきたが、任意買収の結果生ずる残地についてはなんらの損失も生じないものであるから補償の対象となりえないものであるとの見解を採つていた。他方、原告は、本件県道改築工事が完了した暁には本件土地のうち残地の高さが県道路面より約1.5メートル低くなることが予想されたため、右改築工事に併行して昭和四八年四、五月ころ右残地の嵩揚げ工事を施工し、県道改築工事もそのころ完了したが、原告は、予め被告から、原告が右工事を施工してもその工事費は負担できないことを伝えられていたにも拘らず、被告に対し右工事を施工することを一方的に通告してこれを開始したものであつた。なお、被告としては、原告が嵩揚げ工事を施工しなければ、便宜県道から右残地への進入路取付工事を施行する予定であつた。

而して、原告と被告との間に残地補償契約が締結されることはついになかつた。

以上のとおり認められる。

従つて、右補償契約が締結されたことを前提とする原告の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく失当である。

三法令に基づく請求について検討する。

公共用地の任意買収は形式的には売買契約の締結によつてなされるものであり、任意買収に伴う損失補償は売買契約の対価として約定されるものである。

しかし、わが国における現在の実情として、公共用地の調達に当つては、収用手続によりうる場合でも、一般にはこれによらず、任意買収によるのが通例である。このことから、任意買収が、形式上は売買であつても、実質的には収用手続と親近性をもつ強制的契機に基づくものであることは否定できず、任意買収における対価は損失補償に類する性格をもち、売買契約と損失補償契約の二つの契約が締結されることがあつても、売買代金と損失補償金は一体となつて任意買収における対価を構成するものであり、右対価決定は必然的に収用の場合の補償基準によつて左右されることとなることも否みえないところではあるが、任意買収はあくまで民法上の売買契約である。

ところで、憲法二九条三項は公共目的を達成するため必要ありとして、私人の財産権を、公権力によつて強制的に制限しまたは収用する場合正当な補償がなされるべきことを定めたものであり、土地収用法七四条一項、七五条は同法に基づいて同一土地所有者に属する一団の土地の一部を強制的に収用しまたは使用する場合の補償に関する定めであり、本件の如き任意買収における売買代金ないし補償の各請求権の有無、範囲などを判断するに当つて前記法条によることはできない。また、道路法七〇条一項にいう道路の新設または改築に伴う損失補償は同条三項以下により当事者の協議によつてするか、協議が成立しない場合は当事者において土地収用法九四条に基づき収用委員会に裁決を申請し、裁決に対して不服があれば訴によつてその是正を求めうるに過ぎないのであつて、これらの法案を根拠として直接道路管理者である被告に対し訴をもつて損失補償を求めることもできない。

すなわち、任意買収の対価の請求権は右法案に基づいて発生するものではなく、当事者間の契約に基づいて発生するものであるし、またその額も当然には補償基準に合致するものではなく、私的自治の原則に基づき当事者において自由に定めうる性質のものであり、前記補償基準は右対価決定の目安となりうるものにすぎず、当事者間においてなされた合意によつて確定されていない対価を、売主において補償基準に拠つて算定し、これを買主に請求することはできないと解するのが相当である。

以上の次第で、原告の右請求も爾余の点について判断するまでもなく失当というほかはない。

四よつて、原告の本訴請求はいずれもこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(中原恒雄)

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